2026/01/05

2025年度成果報告会 【講評】

公益財団法人 医食同源生薬研究財団 代表理事 米井嘉一
公益財団法人 医食同源生薬研究財団 代表理事 米井嘉一


<当財団の設立の原点>

当財団が主導する研究においては、その成果が真に公的利益に資するものであるか、特定の集団のみを利するものになっていないかという点を、2022年の公益財団法人設立以来、一貫して最重要の指針としてまいりました。公的利益とは何かを考えるとき、国民の健康増進、公的医療費の抑制、少子高齢化への対応、さらには農業の活性化など、我が国には解決すべき課題が数多く存在しています。

こうした課題に対し、産・官・学の叡智を結集し、試行錯誤を重ねながら芽生え、成長し、着実に成果を結び始めているのが、日本の将来を担う子どもたちや若い世代を支援するプロジェクト「次世代エイド」であります。

その中核をなす大阪府泉大津市の「マタニティ応援プロジェクト」は、妊婦およびその家族を対象に、栄養価の高い加工玄米(亜糊粉層残存無洗米)を無償で提供し、妊娠期の健康状態や出生時体重への影響を科学的に検証する、全国初の産官学連携事業です。アンケート調査および母子保健データの解析により、妊娠期における体調不良の軽減や、低出生体重児の減少傾向といった成果が示されました。本事業は、「食育による母子健康支援モデル」として、今後、全国の自治体へと波及させることが期待される取り組みであります。

このような前例のない試みに挑むには、最初の一歩を踏み出す勇気と、社会的責任を引き受ける覚悟が不可欠です。その大きく、かつ貴重な第一歩を決断された大阪府泉大津市の南出賢一市長の英断に対し、ここに深甚なる敬意と惜しみない賛辞を表したいと思います。


<研究助成成果報告:社会実装のために>

以上の考えを踏まえ、次に、当財団が研究助成を通じて研究者の皆さまに何を期待しているのかについて述べたいと思います。

皆さま、貴重な研究成果をご発表いただきまして、誠に有難うございました。さすが多数の応募の中から厳選された研究テーマだと思います。なによりも嬉しかったことは、「食育」による社会実装研究を応援する財団の仲間が増えたことです。選考委員の皆さまには多大なるご尽力をおかけしましたことを感謝いたします。

「産官学の叡智を結集して国難を解決!」と標榜しておりますが、実際は、私達も試行錯誤をしながら事業を進めています。この先の進むべき方向性について皆様とともに考えてゆきたいです。「学」(研究者)の立場からたたき台としての意見を述べます。

社会実装、すなわち「産」や「官」を動かすために、「学」に最も求められるのは、研究成果を社会の意思決定に耐えうる形で提示する責任を自覚することです。企業や自治体は、研究が学術的に正しいかどうかだけでは動きません。彼らが求めているのは、「この成果は、誰のどの課題を、どの程度改善できるのか」「それによってコストやリスク、住民や利用者の利益がどのように変わるのか」といった、判断に直結する具体的な情報です。

そのため、論文は社会実装に向かう過程の一手段に過ぎません。研究者には、論文で得られた知見を、行政が制度設計に活用できる指標や、企業が事業化を検討できる根拠、市民が行動を変えられる具体的に提案すること、そしてその姿勢が求められます。報告書や数値目標、実証モデルなどの形で示されて初めて、研究成果は社会を動かす力となるでしょう。

社会における課題には必ず「タイミング」があります。論文の完成度を追求するあまり発信が遅れれば、政策の流れや社会的関心から外れ、どれほど優れた研究であっても使われなくなってしまいます。完璧さの追求は、素晴らしいことですが、膨大な労力と時間を要します。それよりも、適切な時期に提示する気構えを持って欲しいです。さらに、社会実装は「学」だけでは完結しません。研究の初期段階から「どの企業が使うのか」「どの自治体が動けば実装されるのか」を想定し、「産」「官」との対話をしながら、個々の研究を位置づける必要があります。

次に、私自身が研究を評価するうえで常に意識している、「社会実装のための論文」と「論文のための論文」の違いについてお話しします。

「論文のための論文」と「社会実装のための論文」の違いは、研究の質の優劣ではなく、出発点・目的・使われ方にあります。論文のための論文は、「新規性があるか」「学術的に評価されるか」といった視点を出発点とし、研究分野内部の課題から問いを立て、論文掲載や被引用が成果のゴールとなります。研究条件は理想化され、対象や環境も限定的になりがちで、結果は専門家向けに示されることが多く見られます。

一方、社会実装のための論文は、「社会で誰が何に困っているのか」を出発点とし、その解決に必要な科学的根拠を明らかにすることを目的とします。研究設計の段階から、現実の生活環境や制度、コスト、多様な対象者を前提とし、再現性や継続性、安全性を重視します。結果は専門外にも伝わる形で整理され、「何が、どの条件で、どこまで有効か」が明確に示され、次の行動につながる結論が求められます。論文は評価のためのゴールではなく、社会を動かすための手段であり、財団が支援したい研究は後者である点が最も重要な違いです。

多くの「学」の皆様が、厳しい研究環境の中で業績としての論文作成にエネルギーを注いでいることは重々承知しておりますが、少しでも多くの方々に社会実装の論文の大切さを知って欲しいと思います。